プレシジョン・ミスマッチと「だいたい」トランスレーター

最近、「天気予報が細かくなったのはいいけど、ずいぶん頻繁に更新されるなぁ」とか「電車が遅延したときに、遅れた前の電車がちょうど目の前にいる場合は別に困らないのだから、もともとの時刻表からの遅れを表示しないほうがいいのになぁ」とか思っていたのだけど、ふと「これって、デジタル社会の本質的課題かも?」と思いはじめた。


簡単な例で言えば、朝9時の天気予報で「今日は午後4以降の降水確率が50%です」と言われていたのに3時から降れば、「3時に家に着く予定だったから傘を持たなかったのに」と文句をいう人がいるかも知れないけど(しかも、実は12時時点の予報では、3時以降が70%に変更されてたりとか)、最初から「今日の午後は雨が降るかも知れません」とだけ言われていればそんな問題は起きないね、とか、天気予報が正確になりすぎてかえって不愉快な思いをする人も増えるかも、といった話だ。


これだけでは与太話で終わってしまうので、もう少し掘り下げてみると、下記のようになる。


  • 基本的に世の中は複雑化しつつある(社会システムにせよ、気候変動にせよ)。
  • それをデジタル化し、データに基づいて予測をし、それを社会にフィードバックする動きが進む(いわゆる、デジタルツインだ)。
  • いくらデジタルツインが進んでも、世の中の不確実性はなくならない。
  • 一般の人間の側がそのデータをそのまま受け取ると認知的な負荷が高まり、そもそも人間はデジタルなものを「正確」と感じがちなので、それが頻繁に変更されたり間違っていた場合は、余計ないらだちを感じる可能性がある。

とりあえずこれを、「プレシジョン・ミスマッチ問題」と名づけよう。人間の感じる正確さと、機械が処理するデジタルデータの正確さとのミスマッチである。もちろん、対象の性質によって「非常に正確な予測ができる場合」と「不確実さを含んだ予測をせざるを得ない場合」というのはあり、デジタルの世界ではそれを、確率や統計を用いて処理しているわけだが(天気予報の場合はこんな感じだそうです → http://bit.ly/2QYh0IB )、いちいちこれを一般の生活者に説明するわけにもいかないし、説明された方も困るであろう。


さて、これを技術的に解決するにはどうすれば良いかと考えてみると、「細かくて大量のデジタルな数値を、人間にとってちょうど良い程度の情報に変換する」ということが必要になる。


あまり適切な名前が思い浮かばないので、これを「だいたいトランスレーター」と呼ぶことにする。「だいたい」は「大体」である。「適当化トランスレーター」でもいいし、「いい加減トランスレーター」でも良いかもしれない。「いい加減」というのは、間違っているかも知れないというより、「良い加減(お風呂的な意味で  笑)」である。


「だいたいトランスレーター」の役割を全体システムの中で示すと、こんな感じ。サイバーワールドから出てくるデジタルな大量情報を、生活者に対して適切なレベルに「適当化」する役割を果たす。情報を機械に渡す場合や、人間が業務利用をする場合は、あまり必要ないだろう。



今だって、たとえば天気予報として発表されているものは、スーパーコンピュータが出力する数値そのままではなくて、気象庁の人が苦労して天気予報の文章にしているのだろうけれど、今後、 その部分はどんどん機械化されていく。つまり、サイバーワールドから出てきた情報は、AIによって処理され、スマートスピーカーから自動音声合成によって出力されるようなことも増えるだろう。


そうであれば、その部分が「適当化」や「パーソナライズ」の機能を持つことが必要になる。どの程度「適当化」してほしいかは人によって異なるだろうし、同じ人であっても、「いつもは適当に知らせてくれればいいけれど、今日は(頻繁に変更されてもいいから)詳細な数値を教えてほしい」ということがあるかも知れない。


考えてみれば、「適当化」というのは、人とのコミュニケーションでも、時には円滑化をするテクニックである。待ち合わせで、いくら電車の時刻表で渋谷駅 到着時刻が14:02だからと言って、ハチ公前に「14:05に着くよ」と言えば、相手は14:06には「まだ?」とか LINE したくなるかも知れないけど、最初から「14時をちょっと過ぎるよ」と言っておけば、あまり問題ないわけである。まあ、それじゃいい加減すぎると言われる場合もあると思うので、お互いの相性次第だけどね。

T. Kamba (神場知成)

人間・機械融合系コミュニケーションシステムのデザインに興味を持つ。コンピュータ・サイエンス分野で、メーカー系研究所の研究員を経て、現在は東洋大学 情報連携学部 教授。専門はユーザ・エクスペリエンス・デザインなど。 趣味は音楽全般。特に自分でも演奏するピアノを中心にジャズ、クラシック。ジャズはミシェル・ペトルチアーニ、ビル・エヴァンス等。クラシックはバッハ、フィリップ・グラス、ブラームス、グレン・グールドなど。

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